Mag-log in「ふぅーっ……」
エリカに想いを伝えた、あの夜から一夜明けた朝。 俺は彼女の部屋の前で深く息を吐き、胸の奥に渦巻く気持ちをなんとか落ち着けようとしていた。 告白したこと。 彼女の言葉を受け取ったこと。 ぐるぐると頭の中を巡って、ほとんど眠れなかった。 ――たぶん、人生で一番、大きな出来事だったと思う。 だからこそ、期待してしまう自分がいた。 昨日のあれがきっかけで、少しでも何かが変わるんじゃないかって。 覚悟を決めて、ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。 「……」 部屋の中では、エリカがいつも通りぐっすりと眠っていた。 だけど、よく「ふぅーっ……」 エリカに想いを伝えた、あの夜から一夜明けた朝。 俺は彼女の部屋の前で深く息を吐き、胸の奥に渦巻く気持ちをなんとか落ち着けようとしていた。 告白したこと。 彼女の言葉を受け取ったこと。 ぐるぐると頭の中を巡って、ほとんど眠れなかった。 ――たぶん、人生で一番、大きな出来事だったと思う。 だからこそ、期待してしまう自分がいた。 昨日のあれがきっかけで、少しでも何かが変わるんじゃないかって。 覚悟を決めて、ドアノブを握り、ゆっくりと扉を開ける。 「……」 部屋の中では、エリカがいつも通りぐっすりと眠っていた。 だけど、よく見ると……目元には、昨日流した涙の痕がうっすらと残っている。 「エリカ、起きて」 「ん……直央くん? おはよ〜……」 ぼさぼさの髪のまま、眠たげな目をこすりながら、彼女はそっと顔を上げた。 「おはよう……エリカ。今日は何月かわかるか?」 「え、なに急に? 三月でしょ」 その答えに、俺はそっと目を伏せた。 やっぱり……まだ変わっていなかった。 今は七月も後半。季節は、もうとっくに夏だ。 「……日記、読んでみろ」 「ん~? 日記? ……うん、わかったぁ~」 まだ頭がぼんやりしているのか、エリカは小さく首をかしげながらも、素直に机の上にある日記を手
エリカが日記を書いている間、俺はずっと黙っていた。 家に帰るまでの間、エリカが話しかけてきてもほとんど上の空だった。 「……直央くん。どうしたの?」 そっと問いかけられて顔を上げる。 心配そうに俺を見つめてくるエリカの顔を正面から見て、最近見た夢が蘇る。一年前の、あのときのエリカが――。 俺の胸が痛む、またあの壊れそうなエリカを見るのは耐えられない、君には笑顔でいてほしいだけなんだ。 気づけば、俺は口を開いていた。先週母さんと話したことなど完全に頭から抜けてしまって―― 「……思い出さなくても、いいんじゃないか」 「……え?」 思わずこぼれた言葉に、自分でも焦る。だが、もう止められなかった。 「……今はなんとか生活できてる。あんなつらい記憶を無理に思い出すより、今のままの方が――」 「どうして?」 俺の言葉を遮るように、俯いていたエリカがぽつりとつぶやいた。 「え……?」 顔を上げた彼女の目は、涙に濡れていた。 その頬を伝う雫が、言葉より先に俺の胸を締めつける。 「どうしてそんなこと言うの……? “今のままでいい”だなんて……!」 急に叫ぶように声を荒らげるエリカに俺は狼狽える。 「急にどうしたんだエリカ……!?」 けれど、エリカは止まらなかった。 「ねぇ、直央くんにわかる!? 朝起きるたびに、周りの景色が“知らないもの”になってる怖さ。 どれだけ日記を読んでも、“知らない今日”が始まることの不安が、どれだけ苦しいか……!」 「だけど……ちゃんと日記を見れば、わかるようになってるんだろ?」 「“わかる”だけで、“覚えてる”わけじゃないの! そこに“気持ち”がないの。“つながり”もない。ただの、知識なの」 日記を指差して、彼女は叫ぶ。 「ここにあるのは、昨日のエリカが残した“ただの記録”なの! 感情も、記憶も、何も――“今の私”には残ってない!」 言葉が詰まる。 エリカの声が、胸の奥をえぐるようだった。 「イルカさんたちの謎を解いたときも、日向くんに千紘ちゃんの想いが届いたことも、琴音ちゃんのおじいちゃんが記憶を思い出した瞬間も……」 彼女は、自分の胸に手を当てる。 「そのときの私が感じたこと、喜びも悲しみも、全部――“今の私”には届いてな
――エリカが、死ぬ? “いま目の前にいる、この大好きな女の子が、あと数分でいなくなる”。 その意味を理解した瞬間、俺の足元から力が抜けた。 よろけながら近くの机に手をつくも、うまく支えきれず、そのまま膝をついて崩れ落ちる。 その拍子に、机の上にあった一冊のノートが床へ滑り落ちた。 エリカの――人物図鑑。 ぱらり、と開かれたページには、真司と茉莉花のことが丁寧にまとめられていた。 幼なじみで、毎日一緒にいるような二人でさえ……記録していないと、その存在すら曖昧になってしまうという現実。 ――俺たちは、当たり前のように“昨日”を背負って“今日”を生きているのに。 エリカだけが、時間に取り残されている。 そして―― 俺の目の前にいる“今日のエリカ”は、昨日までの彼女とは違う、別の“新しい存在”なのだという事実が、胸を容赦なく締めつける。 震える手で、無意識にページをめくる。 そして、辿り着いたのは―― 《エリカの人物図鑑ファイル No.000-A》■名前:雨宮直央(あまみや・なお)■学年:高校一年生 → 高校二年生■年齢:16歳 → 17歳直央くんは特別な存在!大切な幼なじみで、私の大好きな人! ――たった、それだけ。 けれど、その“たったそれだけ”を書いたエリカは、もうどこにもいない。 そう思っただけで、視界が滲んで、頭が真っ白になりかけた。 でも。 ふと、胸の奥に、かすかな“引っかかり”が残る。 ――それは、ほんの些細な違和感だった。 頭が真っ白になるのを必死に抑え、思考を巡らせる。(考えろ、なにか……なにか引っ掛かる……!) そのとき。「あのすごくかっこよかった直くんも忘れちゃってるんだよ。前の日は寝癖のついた頭だったのに、灯籠流しのお祭りの日には髪もちゃんとセットして、浴衣まで着て……」 涙交じ
榊原先生には、「猫が教室に忍び込んでたんです! よく見たら窓の鍵、開いてたんです! きっと器用に開けちゃったんですよ!」という、どこまでも無理がある言い訳を、エリカの勢いと笑顔で押し切った。 当然ながら先生の目は明らかに怪しんでいたが──深く追及はせず、「約束は約束だから」と言って、教室の使用を許してくれた。 「ふ~んふふんふ~ん♪」 エリカは鼻歌まじりに、ご機嫌で俺の隣を歩いている。 「よかったな。教室、使えるようになって」 「うんっ!念願の探偵事務所だよ! これからいっぱい依頼が来ちゃうかも~!」 エリカは小さな拳をきゅっと握って、高く掲げる。目がきらきらと輝いていて、テンションは完全に最高潮だ。 「明日から、さっそくお片づけだね!使えるように整えなきゃ!」 と、そこでふと、彼女の表情が変わった。 横顔から俺の方へ視線を向け、まっすぐに真剣な眼差しを向けてくる。 「ねぇ、直央くん。……いつも私の思いつきに付き合ってくれるのは知ってるけど、今回のことは、なんだか直央くんの方が気合い入ってる気がするんだよね。やっぱり、私のため?」 無邪気なようでいて、鋭い。 何も考えていないようでいて、周囲の空気も、人の気持ちも、ちゃんと見ている。 そして、本当に必要なことを、ちゃんとわかってる。 「うん。エリカがやりたい“謎解き”を通して、なにか……新しい刺激が見つかるんじゃないかって思ったんだ。きっかけって、案外そういうところに転がってるから」 俺がそう答えると、エリカはぱっと笑って、そして優しく言った。 「ありがとう、直央くん。私も、頑張るね」 前を向こうとしている。その瞳に、少しだけ決意が宿っていた。 ふいに、過去の記憶の残像が、脳裏に淡くよみがえる。 ――棺の蓋は、最初から閉じられていた。 白い布に包まれた棺の前で、誰も言葉を発しなかった。まるで、そこに触れてはいけない何かがあるように。 “お顔は……お見せできない状態です” そう告げた葬儀社の人の声だけが、妙に鮮明に耳に残っている。 エリカは、無言だった。 制服姿のまま、ただまっすぐに棺を見つめていた。涙ひとつこぼさず、唇ひとつ動かさず。 まるで、壊れかけの人形のように無表情だった。 遺影に映る笑顔だけが、そこにあった。 だ
「でも、どうやって教室に入ったの? あそこ、密室だったよね?」「うーんとね、窓の鍵が開いてたからだよっ!」 ……って言われても、全然ピンとこない。だって、さっき見たときは、どう見ても鍵はちゃんと閉まってたように見えたし。「あ、それはですね。こういう仕掛けなんです」 花守さんに連れられて、俺たちは窓の前へ。「このテープを、鍵のツメとレバーの間に貼ってから鍵を閉めると──ほら、見た目はちゃんと閉まってるように見えるんです」 言いながら、花守さんはぺたりとテープを貼って、カチリと鍵を回す。「あっ、爪が届いてない!」 なるほど。テープが間に挟まってるせいで、見かけだけはロックされてるけど、実は引っかかってない。つまり――「だから、外から押せば、簡単に窓が開いちゃうんですよ」「すごいね、花守さん………こんなこと、よく思いついたね?」「えへへ……ミステリー小説が大好きでして。それをちょっと思い出しちゃって!」 俺がそういうと、花守さんはちょっと照れたようにはにかんだ。 さっき鍵のところにリストバンドの繊維がついていたのも、テープを貼っていたからなんだと気づいた。「でもさ~、やってることはダメなやつだよ? 茉莉花ちゃんとか先生が知ったら、怒られちゃうよ~?」 エリカがいたずらっぽく言うと、「ひぃ~っ、それだけはご勘弁を~!」 花守さんは勢いよく頭を下げて、さらにその頭の上で手を合わせた。「部活がちょっとキツくてですね……。5月に先生とここに備品を取りに来たとき、だれも使ってないって聞いて、つい、魔が差しちゃいました」 要するに、バスケ部がめっちゃ厳しくなって、こっそりサボるためにこの教室を“避難場所”にしちゃったらしい。「うちのバスケ部、去年から外部コーチ雇ってて、急にガチ化したらしいんですよ。私、もっとゆるいとこだと思って入ったのに……あれ? 話がちがう!って」 それでも、仲良くなった先輩や友達がいるから辞められなかったんだって。「でも、やっぱりダメだよ?こんなことしたら、まわりに迷惑かけちゃう」「……ですよね。バスケ自体は好きだし、ちゃんと頑張ってみます」 しっかり反省はしてるみたいだけど、名残惜しそうな表情も浮かべる花守さん。「だったらさ、どうしても無理なときだけ、この部屋使っていいよ。私たち、これからここを“ひらめき探偵
「直央くん、しっ。しゃがんで、耳を澄ませて!」 エリカは素早くドアに耳をぴたりと当てる。俺もつられて同じようにすると―― カラカラ…… ……窓の開く、小さな音が聞こえた。 ――誰かが、教室の中に戻ってきた。 その瞬間。 「そこまでだよ、琴音ちゃん!」 バンッ! エリカが勢いよくドアを開けた。 「ひぃっ!?」 中にいたのは、驚いたように目を見開き、机の下に隠れようとしてそのまま固まって、こちらを見つめる── 花守さんだった。 花守さんは、ドアの向こうにいた僕たちを見て、ぴたりと動きを止めた。まるで時間が止まったみたいに、固まったまま。 そんな彼女を見て、エリカはゆっくりと一歩前に出ると── 「この教室に、不法侵入して……隣の手芸部の子たちを怖がらせた犯人は……」 一度、目を閉じて深呼吸。溜めを作る。その動きがやたらサマになっている。 「あなたよ、琴音ちゃん!」 ビシィッ! キリッとしたバッチリ決まった表情で、エリカが花守さんを指差した。 「ひぃぃ、ごめんなさいぃぃ……っ。つい出来心で……!」 うん、ノリが良いなこの子。 「……花守さん、どうしてここに?」 俺が聞くと、花守さんは目を泳がせながら答えを探す。 「え、えーと……その……」 「部活、サボるためだよね~?」 エリカがジト目でにやにやしながら追い打ちをかける。 「……は、はいぃ……」 罰が悪そうに視線をそらし、しょんぼりうなだれる花守さん。リスか小動物みたいでちょっとだけ罪悪感。 でも、気になってたことを聞いてみた。 「……エリカ、どうして花守さんが中にいるって、分かったの? 姿も見てなかったよね?」 そう、エリカは教室に入る前から、名前までバッチリ呼んでた。あの確信、どこから来た? 「それはね~。さっき琴音ちゃん、校庭走ってくるって言ってたでしょ? それとね、窓の鍵に青っぽい繊維がついてたの!」 そう言って、ドヤ顔エリカが「どうだ!」と胸を張る。 うん、やっぱりこうなるよね。と思いながら、 俺はもう一度、教室の中を見渡す。そして、花守さんの手首に目をやった。 ──ネイビーに白いラインが入ったリストバンド。茉莉花がよく着けてる、女子バスケ部のやつだ。 さらに思い出す